第1部 音を感じてみよう
頭で考えず心で感じよう
「僕はいつも、いろんな楽器をその場で録音しながら、曲を作っていくようなスタイルで、ライブ演奏をしています。」
作曲家の宮内先生の授業は、まず先生の演奏を体感してみるところからスタートしました。先生のライブパフォーマンスは、シンセサイザー、ドラムマシン、ギター、トライアングルなど、持ち運べるサイズのアコースティック楽器や電子楽器をその場で即興的に演奏しながら、それをルーパー※という機材に次々に録音し、ループ再生していきます。はじめはバラバラに聴こえていた音が、いつの間にか一つに合流し、やがてひとつの楽曲として完成していきます。最後にはまるでバンド演奏を聴いているかのようでした。
※ 『ルーパー(サンプリングルーパー)』はさまざまな楽器演奏の短いフレーズを次々に重ねて録音/再生しながら、ひとりでも多彩なパフォーマンスを可能にする音響機材です。
演奏が終わると、先生が今どんなことをしていたのか、ルーパーの仕組みなどを說明してくださいました。普段音楽室にこんなにたくさんの楽器や配線、音響機材などが並んでいることはないので、新鮮な光景でした。また、先生が普段どんな音楽を作っている人なのか知ることができました。
そして、先生は今日の授業で一番大事なことを教えてくれました。
「今日の授業で一番大切なことは、“自分の気持ちに正直になること”です。
僕はできるだけ頭で考えずに心で感じながら音楽を作るようにしています。頭で考えて作ると、正直じゃない音楽になってしまうことがあります。正直じゃない音楽は人のこころに響かせるのが難しいです。今日の授業では正解や不正解はありません。勇気を持って自分の気持を外に出していってください。」
授業の趣旨について、こう說明を受けたところで、さっそく1つ目の実習に移ります。
既存の楽曲を感じてみよう
このセクションでは、先生が用意した音源を順番にスピーカーから流します。それを聴いてどう感じたかを、一人一人配られた用紙に書いていくという作業でした。
ディズニーのエレクトリカル・パレードの曲からクラシックの名曲、ヘヴィメタル、民族音楽まで、選曲が幅広く、時折笑いも起きました。ただ、いざ「どう感じたか」を問われると、言葉に詰まることもあり、意外に難しくもあります。そんな時先生はこうおっしゃいました。
「好きか嫌いかだけでもいいです。何も感じなかったのなら、それも感想です。そのまま何も感じなかったと書いてください。どんなことでも正直に書いてくださいね。」
自分の感想を「正直に」書けばよい、そう聞いて気持ちが軽くなった参加者たちは、各自配布された用紙に書き込んでいきます。
次に、ランダムに指名した参加者の感想をひとつひとつホワイトボードに書き留めていきました。みんな正直に感じたことを発言しました。他の人の感想を聞くと、言いやすくなったりもします。時に、なるほどー!と先生もびっくりするような感想も飛び出して盛り上がりました。
演奏の仕方を変えてみたらどうだろう?
続いては、先生がシンセサイザーを使って演奏したフレーズを聴き、さっきと同じ様に感想を書きました。ただし今回は、同じフレーズでも【音色】や【弾き方】が変わります。音楽の一部を分解して違いを感じることで、“漠然と”ではなく“分析的に”聴く姿勢を学びました。
演奏されるフレーズは、10秒くらいのメロディだったり、たった一つの和音だったりと様々です。音色も、ピアノ、オルガン、グロッケンなど色々なパターンがあり、弾き方は強弱の付け方やスピードを変えたりしています。音符にすると同じフレーズのはずなのに、音色が変わるだけで印象が変わるんだなぁということが、その場で実演して聴かせてもらうことで体感・確認できました。
なんとなく違うのはわかるけど、その感覚を言葉で相手につたえるのは難しいです。先生が言葉を補ったり、人の意見に誘発されたりしながら、それぞれの感想を共有し合いました。
第2部 気持ちを音にしてみよう
擬音語・擬態語を表現してみよう
今度は、自分たちで音を出してみる演習です。先生がスライドで「ガサガサ」「サラサラ」といった擬音語や擬態語を映して、これを今から表現してみましょうと言って、参加者にビニール袋を配りました。これを使ってどうやって音を出すのかは自由です。振り回したり、さすったり、もみくちゃにしたり…いろんな方法でお題の言葉を表現します。
写真から連想する音を表現してみよう
ここからはグループ課題です。予め用意された写真(焼肉、焚き火、電車、海、渋谷の交差点など)の中から、代表者が一枚写真をくじ引きの要領で選び、グループに持って帰ります。その写真から連想する音を、グループで協力して作っていきます。机の上には、ペットボトルやコップなどなどいろんな素材が用意されていますが、どれも身の回りにあるものなので、自宅でやってみることもできそうです。
あるグループは、複数の素材を組み合わせることで、お題の音に近づけようという工夫をしていました。また【電気シェーバーの音】をゴムとペットボトル、それに木の割り箸の音を混ぜるという複雑な技法で再現しているグループもありました。【焚き火】のグループは、目を閉じると本当に目の前で火が燃えているように思えてきて、「わぁっ」と盛り上がりました。
気持ちを表現してみよう
さきほどは具体的なお題でしたが、次にチャレンジするのはもっと抽象的なお題です。先生がその場で即興的に作った環境音楽的な音数の少ないアンビエントな音源に対して、演奏をしてみるという課題です。
「この音に対して、こんなイメージがするなぁというのを自分なりに考えて、この音の雰囲気に合わせて、演奏してみましょう。ここにこういう音があると気持ちいいなぁとか、そういうことでもいいです。この音楽に身を委ねてやってみましょう。」
教室にうっすらと流れ続ける音源の上に、はじめは全員で色々試しながら、最後には1グループずつ順番に音を重ねていきました。ここまでの課題で、獲得したいろんな音の出し方や、音のもつキャラクターを活かして、各々思い思いの味付けをしていきます。「海っぽいねぇ」「雪を踏んだ時の音みたい」「あれ、生き物を感じる。馬っぽいぞ」などなど、先生が一言二言それぞれの感想を言っていきました。使っている道具は、身の回りにあるものなのに、目を閉じて音だけで聞くと、全然違った印象を受けるんだなということがわかりました。
一巡すると今度は、リズミカルなビートが始まりました。さっきまで繊細な演奏が多かったので、急にアップテンポになって参加者の演奏も色んなものを叩く打楽器のような演奏方法が多くなりました。お題に合わせて、素材の選定や演奏方法のバリエーションが生まれました。こちらも同じ様に、グループごとに短時間で順番に演奏を回していきます。
全員で合奏しよう
授業の仕上げとして、最後に先生も一緒になって全員でセッションをしました。先生がまたルーパーを使ってベースになる音源を作っていきます。
最初は、静かに聴いている参加者(その間にも新しい演奏方法を模索している人もいます)…更にリズムやフレーズを付け加えていく先生…参加者もそれに合わせてさっきよりもリズミカルに演奏し始めます。周囲の音をよく聴きながら自分の音を出すのは中々難しいのですが、みんな一生懸命、時々笑みを浮かべながら…先生も机を回って声をかけていきます…段々と教室のボルテージも上がり…程よいところで、先生がボリュームを絞ってエンディングとなりました。
「音楽を演奏する上で一番大事なのは気持ちを込めることだと思います。気持ちを込められていれば、上手じゃなくても伝わります。そして“繰り返す”ことも大事です。先生は楽譜を読めませんが、『なんとなく』を繰り返し繰り返しやってきた結果、先生にしかできない『なんとなく』ができるようになったんです。何度も言いますが、頭で考えずに心で感じましょう。」
今回の授業の中で、先生が参加者に繰り返し伝えていたことは「頭で考えず心で感じよう」ということでした。授業の中で、先生は常に「どう思う?」「自分なりにやってみて」と参加者に問いかけたり、促したりしていました。これに応えることは、一聴すると簡単なようですが、実はとても難しいことです。お題を変えながらも、一貫して繰り返されたそれらの「大切なこと」は、きっと参加者一人ひとりに届いたことでしょう。
Text: Naokazu Terada