WORKSHOP TITLE

「ある」ってなーんだ?
きみだけの「ある」カードを作ろう

TEACHER

和田夏実先生

インタープリター

REPORT

ろう者の両親のもとで手話で育ち、めとてで育まれる頭の中の世界について研究する、和田夏実先生の授業です。

 

授業がはじまる少し前。
教室に、ひとり、またひとりと、参加者たちが集まってきます。

円形に並べられた椅子に座ると、
すこしずつ、参加者たちに話かける和田先生。

目を閉じて、想像の会話をします。
海の中の世界へいき、トビウオになって空を飛び……
参加者ひとりひとりの頭の中に、風景が浮かびます。
海の中の世界に行ったことも、トビウオになったことも無いけれど、はっきり見えているようでした。

「て」で、なにが見える?

参加者が揃ったところで、アイマスクが配布されました。
視覚は使わず「て」から得られる情報に集中します。

座っている椅子を、撫でたり、叩いたり、こすったり、音を鳴らしてみたり。
大きさ、カタチ、質感などを感じ取ります。

同じように、自分の体も触ってみます。
すべすべするところ、ザラザラするところ、柔らかいところ、固いところ、気持ちわるいところ……

「て」で見ることに慣れてきたところで、目隠しをした状態のまま、全員にあるものが配られました。(下記の写真で確認できるように様々な植物ですが、参加者はそれとは伝えられていません)

ツルツル、サラサラ、ポコポコ、チクチク……
それぞれ渡されたものを「て」で見ていきます。

自分とみんなは同じものを持ってる?
目はついているもの?
眉毛ある?
生きている?
死んでいる?

さまざまな質問と回答が飛び交います。

自分とみんなは違うものを持っているみたい。
自分のは、チクチクするけど、
あの人のは、ふわふわするみたい…
すこしずつ、自分の「て」で見ているものと、他の人の「て」で見ているものの違いがわかってきます。

自分の持っているものの特徴から、名前をつけてみました。
ハリセンボン、ネコジャラシ、キショクワルイ、ポコポコ……
なんだか愛着が湧いてきます。

次は、自分の持っているものを、となりの人に渡します。となりの人が持っていたものを触ってみます。

なんだこれ、きもちわるい〜
これわたし好き!
ムニョムニョしている!
食べたい!

あたらしいものに、様々な感想が溢れます。
何度か、となりの人に渡し、つぎのものを観察してみました。

今度は、アイマスクをはずし、持っていたものを目で見ながら会話をしてみます。

一番好きなのはどれ?
一番びっくりしたのはどれ?
一番宇宙人みたいなやつはどれ?

和田先生の質問に「あれ!」「これ!」と、指を指して答える参加者たち。
「て」でしっかり見えていたようです。

 

「て」の動きでカタチや大きさを伝えよう

床に色々なカタチの紙や、ものがばらまかれました。
和田さんが「て」で表したカタチを、当てるゲームです。もくもくもくと雲形を描いてカタチを表したりします。

「て」でカタチを表すことに慣れてきたら、今度は、見えないボールを回すゲームです。

ズビッと言いながら、となりの人に見えないボールを
まるで本当に手元にあるように「ズビッ」と、渡します。
ズバッと言うと、逆の人に返せるというルールや、
バイーンと言って弾くというルールも追加されました。

そして最後には、見えないボールの大きさを変えられるというルールまで!

「て」の動きで、どのくらいの大きさのボールを持っているのか、どんな素材のボールなのか、自然に表現をしていました。
ずっしり重かったり、弾む素材だったり……
自在に変化するボールを回すことに、すっかり夢中です。

今度は、ふたり一組になって、伝言ゲームです。
和田先生が出した言葉を、相手に伝えます。手のひらに言葉を書いたり、相手の手を持って、一緒に文字を書いたりします。

相手が誤解しないように伝えるためには、動かすスピードや、大きさ、強さなどの加減や、丁寧さが必要になります。

そこに「ある」のか?

今度は、和田先生が緑色の長いロープのかたまりを手にして、このロープに、名前をつけてみようと言います。

ロープは持ち方を変えるたびにカタチを変えます。偶然できたカタチに合わせて、どんどん名前をつけていきます。

カタチを変えたロープは、その前の状態に戻すことはできません。

あの状態は「あった」のでしょうか?もう二度とできない状態を「ある」と言うにはどうしたら良いのでしょうか?

写真を撮っていたら?
その状態を沢山の人が見ていたら?
歴史に残れば?
定義をつくれば?
もしかして、なかった?

普段、当たり前のように思っている、そこに何かが「ある」という状態。よく考えてみると、とてもあいまいなもののようです。

それでは、自分以外の誰かに「ある」は、どう伝えたらいいのでしょうか?

きみだけの「ある」をつくってみよう

最後に『「ある」カード』を作りました。和田先生が用意してくださった、さまざまなモノの中から、自分の好きなものをひとつ選んで誰かに「ある」を伝えます。

そのものが、どんなカタチをしているのか、どんな感触なのか、どんな色なのか、どんな大きさなのか……「ある」ことを誰かに伝えるために、絵や言葉で丁寧に表現していきます。

途中、和田先生から、アイマスクさん、みみさん、めさん、てさん、ことばさん、うごきさんなど、いろいろな人に伝わるように書いてみよう、というお話がありました。

それぞれ、得意な「ある」の受け取り方がありそうな人たちです。
絵をよりリアルに描き込んでみたり、
動きで表す場合のジェスチャーの指示を書いたり、
触ったときの温度や、質感を言葉で表現したり、
「ある」カードには色々な表現が記入されていきました。

「ある」カードが完成したら、自分の選んだものを教室の好きな場所に置き、「ある」カードの情報をもとに、他の参加者に見つけてもらいます。

ひとつずつ、和田先生がカードの内容を読み上げて、みんなでそれを教室の中から探します。あった!と、見つける参加者。カードの製作者は、正解かどうかを判定します。

自分の中の「ある」が、他の人に伝わったとき、すこし、ホッとする表情が見られました。

言葉にすること、触って感じること、動きで表すこと、絵にすること……
「ある」を誰かに伝える方法は、ひとつではありません。そのことを知ることができれば、物体のない、自分の中だけに「ある」ものも、他の人に伝えることができそうですし、さらに他の人の「ある」も、知ることができそうです。

小さなワークショップの積み重ねの中で、誰かに伝えること、の表現の豊かさを感じることができました。

 

Text: Mamiko Saito

写真

和田夏実さんのプロフィール

ろう者の両親のもとで手話で育ち、めとてで育まれる頭の中の世界について研究する。音の言葉やさわる言語、それぞれの世界の見方と新しい翻訳方法を、棒や紙、粘土やテクノロジーなどを通してさがしつづけている。
https://www.signed.site/

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